(あ〜、もう…)
「…全然見つからないなぁ」
そうつぶやきながら、コンビニの自動扉から出てくる青年がいた。
⦅これで何軒目のコンビニよ?⦆
(たしか4軒目)
彼はスマホの画面を見ながら、苦い顔を浮かべている。
「どこに売ってるんだ…ひやしもちもち金玉…」
(ひやしもちもち金玉はどこだぁぁっ!!)
画面に表示されていたのは、コンビニスイーツの記事だった。
⦅おいおい、俗称でぼやくなよ⦆
(あれ、声に出しちゃってた?)
⦅出てたぞ⦆
⦅やばい人じゃんwww⦆
⦅正式名称は「大きなタピオカみたいな大福」な⦆
(うるせぇ)
彼はスマホの地図を確認すると、自転車に乗り、コンビニを背に走り出す。
(重要なのは正式名称じゃあない!この俗称で!俺様は!食欲を刺激されたのだ!!だからこのままでいく)
⦅にしたって、もう少し呼び方は考えようず。聞かれたらマズイ⦆
⦅ただでさえお前は、われわれと会話してるようなイタイ奴なんだからな⦆
⦅すれ違った人はこう思うだろう:キモッ⦆
⦅それで逮捕か。そんなん草しか生えないわwww⦆
(やめろやめろ、頭の中で草を生やすな!)
彼は一人で走りながら、周囲をチラリと確認する。信号機と建物の明かりだけが浮かぶ肌寒い夜道。あたりに人の気配は無かった。
(こんな時間だ。多少声に出てしまったって、誰も聞いちゃいないだろうよ)
⦅はぁ〜、刑務所でタダ飯生活はまだ先かぁ〜www⦆
⦅不謹慎⦆
(いいか草野郎、俺はタダ飯生活のために捕まったりはしない)
⦅実際は労働があって大変。タダ飯ってわけにゃあいかんよ⦆
信号機が赤に点灯した交差点で、彼は自転車を停める。そして再びスマホを取り出した。
(はいはい、閑話休題!そろそろ話を戻すぞ。えーっと、次のコンビニは…)
「げっ、遠い…」
⦅けっこう距離があるなぁ⦆
⦅逆に考えよう。運動になるゾ⦆
⦅いや、ここまでくると時間のロスのほうがキツイ。それに…⦆
彼は、画面の上をチラリと見た。ニュースアプリの通知のアイコン。最近よく聞く失踪事件のニュース速報だった。
⦅出発する時にも母親に言われたじゃん。最近物騒だから早く帰って来いって⦆
(うむむ…)
⦅だいたい、なんでブームの時に買いに行かなかったんだ!もうどこも取り扱ってないって⦆
⦅コンビニは商品の入れ替わりが早い。もうどこにも売ってないぞ、たぶん⦆
(仕方ないでしょ!togetterをさまよってたときに偶然見つけたんだ!)
⦅もう諦めて帰ろうよ〜!寒いよ〜!⦆
⦅寒い〜!⦆
⦅氷漬けになるー!⦆
⦅ここはイイーキルスだった…?⦆
(やかましいなぁ…)
彼は、首にかけていたイヤホンを耳に入れる。そして、スマホで音楽の再生を始めた。
(ふぅ…これで静かになるな)
「いや、曲がかかってるからそれは無いか」
曲を再生した途端、彼の脳内から他の声が消失する。音楽を聞くとき、頭の中の声は消える。いつものことだった。
「さて、と」
(次はどうしようか…)
彼はスマホの画面を地図に戻し、この先の事を考える。目的のスイーツは手に入っていない。しかし気温は低く、風邪をひきそうなほどに寒い。スイーツは4軒のコンビニを回っても見つからない。もう売っていないと考えるのが妥当だった。
「…帰るか」
彼は、今まで走ってきた道を引き返し、自宅へ向けて走り出した。人通りの無い交差点。静かな夜の住宅街。今までの道を逆向きに走りながら、途中で寄ったコンビニの事を考える。
(はぁ〜食べたかったなぁ。ショタのふわふわ金玉みたいな食感の大福って、どんなのかめちゃくちゃ気になる)
坂道を登り、道を曲がる。家に着くまであと少し。
(ネットで販売とかしてないかな)
最後の交差点を通り過ぎたその時、背後から、轟音が響いた。
「イイイッ!!?」
彼は慌ててブレーキをかけ、自転車を停車させる。そして、耳のイヤホンを抜きながら、音の方向を振り返った。
「っ…事故…?」
後ろを向いた彼の眼に、激突して変形した自動車が映った。フロントガラスは砕け散り、ヘッドランプから光が漏れている。
⦅うわーお、本物の事故だ…⦆
⦅あーあ、やっちまったね。イヤホンしながら走るから…⦆
⦅いや、それは無い。車との距離を考えると、交差点を通った時に来てはいなかったはず。我々が通過してから来た車だ⦆
(重要なのはそこじゃないでしょ。えーっと…と、とにかく110番!)
⦅落ち着いて!まず先に怪我人を助け出さないと。到着を待ってたら死ぬかも⦆
「そうだ…まず確認、次に救助、それから110番!」
彼は自転車を近くの壁に立てかけると、小走りで自動車へ向かう。ヘッドライトの強い明かりで、暗い車内の様子は見えない。
「大丈夫ですか!怪我はしていませんか!」
彼は声を張り上げながら、車内を覗き込む。
「意識はありま──」
車内をスマホのライトで照らす。だが、車内を見たとき、彼の言葉は止まってしまった。
(誰も…いない…?)
車内には、人の姿がなかった。衝突事故を起こしたのだから、さっきまで走っていたはず。なのに、誰も乗っていない。
⦅いや、おかしいよね…普通は誰かいるもんだよね?気絶した人とか、挟まれて出れない人とか⦆
⦅ぶつかる前に飛び降りたってこと?⦆
「後ろの道で倒れてるのか…?」
⦅と、とにかく、車内に人はいない。緊急の救出が必要な人は無し。110番!⦆
スマホの画面を操作し、電話をかけようとする。するとその時、背後から奇妙な音が聞こえた。
「…?」
何かが聞こえた。しかし、なんの音なのかははっきりしない。
(何か聞こえた?)
音の原因を確認しようと、彼は後ろを振り返り、そして──体を固めてしまった。
振り向いたとき、最初に視界に入ったのは足だった。だらりとぶら下がった人間の足。ズボンを履いていたせいで、一瞬それが足だとは認識できなかった。次に視界に入ったのは、その足の持ち主。ズボンを固定するベルトの明色が、暗色のズボンの中で浮いている。
そして、その人間を咥えた、巨大なナニカの姿。獲物を咥えた頭部が、長い首の上にある。その首は段々と太くなりながら、胴体へとつながっている。胴体の腹側は、胸に当たる上半分がピンク色の体毛に覆われ、下半分の腹は毛がなく真っ白な皮膚。
丸く膨れた白い腹部は、生きていることを示すようにゆったりと動いている。胴体からは前脚が伸び、地面をしっかりと踏みつけている。濃い赤桃色の甲殻で覆われた、筋肉質な前脚。そして、背中側には二対の翼。まるで、神話の世界のドラゴン。その生き物は、頭部を上へ勢いよく振り上げる。その瞬間、口を少しだけ開き、獲物を開放した。だが、咥えられた獲物は、振り上げられた勢いで空中に留まる。獲物が落下を始めるよりも早く、生き物は再び口を閉じ、獲物を咥え込んでしまった。
さっきまで見えていた獲物の体は、今や生き物の口の中。生き物は上を向いたまま、喉を膨らませる。ゴックン
その膨らみは、ゆっくりと首を下っていき、胴体の中へと消えてしまった。時間にして、わずか3秒。さっきまで咥えられていたはずの人間が、今は影も形もない。
「あら…」
生き物の視線が、彼に向く。硬直したまま、彼は動くことができない。まるで、ヘビに睨まれたカエルのように。生き物は、ぺろりと舌舐めずりをすると、首を曲げて頭を彼に向けた。緑色の虹彩と、その中の丸い瞳孔に、彼の姿が反射する。
その時、彼は気がついた。さっき聞こえた音が、この舌舐めずりの音なのだと。「あなた、見ちゃった…?」
生き物の口から、はっきりとした言葉が発せられる。
「ふふ…今日はツイてる。こんなに美味しそうなゴハンを見つけられるなんて…♪」